2017-05-24

「やさしい日本語」を活かす確信へ(2)スピリチュアルな話



今回は、スピリチュアルな話です。
前回、なんとか修士論文を書き上げたところまで綴りました。

学位授与式が終わり、学位記を父の遺影の前に供えました。
修士論文もファイルに綴じて、一緒に供え、
「お父さん、結構頑張って書きました」と報告して手を合わせました。

すると「ちょっとお父さんの文章も読んでみろ」と言われたような
気がしました。

工学論文など読んでもよく解らないので、あまり手にしたことが
ありませんでした。

論文集の他に父が書いたエッセーのようなものもあったので、
それを読むことにしました。

NGK 環境装置技報 No.12 巻頭言
もう、父が著作権を主張することはないでしょう。引用します。
下線は私が引きました。

「国際化に思う」

 外国の著名な学者や文化人などを招聘することが、
国際化であった時代には、異文化に触れる楽しさがあり、
少々の行き違いを良しとする余裕もあったが、
企業での就労者の多国籍化、大学での留学生の増加につれて、
異なるカルチャーがあらゆる場面に侵入してくると、
そんな悠長なことを言ってはいられなくなってきた。
今まで大した説明もせずにうまくやってこられたことが、
説明してもうまくいかないとなれば、以心伝心の国としては
正に一大事である。


 一方、自動車や、電子製品など部品点数の多い製品では、
高付加価値の部分を国産で、そうでない部分を輸入部品で、
というように製品にも多国籍化が進んでいる。
この場合の問題は、完成品の品質をいかに保証するか、
という点にあり、構成部品一点一点の品質管理と
その保証がどこまでされているかが、国際的関心事に
なってきた。

 工業生産量の増加に伴って、使用エネルギー量が
急激に増加し、環境汚染が深刻化してきたことは
周知のところである。今、環境汚染物質も国境を越え、
地球規模の国際問題にまでなっている。

 このような中、ISO9000,ISO14000など、
相次いで企業の管理システムの国際規格が発行され、
JIS規格化されるに及んで、管理システムの確立が、
現実のものとして身近に迫って来た。
これら管理システム規格制定の背景には、
国際的な機関や国がイニシアティブをとるのではなく、
各企業や組織が自発的努力によって
このシステムを構築し、ISO9000の場合には製品品質の
管理と保証を、ISO14000の場合には環境負荷の低減を、
地域単位、国単位として機能させ、それが総合されて
国際的に品質管理およびその保証、あるいは
環境保全活動を達成させようとする、ボランタリー活動の
集積に期待する精神があることを忘れてはならない。
すなわち、企業の個としての自発的な努力により、
人類全体の活動をより合理的な方向に誘導する道具として、
発行・運用されているのである。

 我が国は現在、国際化の波の中にあり、
いかに国際化を達成させるかについて、国を挙げて議論して
いるように感じられる。
代表的国際語としての英語教育を充実すべきとの議論がある
一方で、高校入試から英語をはずすとか、逆に部長や課長に
なる資格として、TOEICの要求得点を定めた企業もある。

 筆者も、国際化議論にしばしばかりだされるが、
「日本とはどのような国かを、文化・歴史・技術・環境など
いろいろな切り口から、自分の知識・意見として、
日本語でわかりやすく説明できることが、国際化の第一歩であり、
それを外国語で言えればなお良しとする。

さらに言えば、相手の言わんとすることや考えを、
先入観を持つことなく真摯に聞き、理解すべくつとめること。」

と言い続けている。
いくら外国語ができても、自分自身の意見がなければ、
翻訳機にすぎない。
「仕事以外の知識は浅薄で、国民としての自覚に乏しい人達」
との印象を与えかねない。
その上、相手の意見を素直に聞けなければ、偏見の持ち主との
レッテルを貼られるだろう。
個人に国民全体としての価値の出発点がある。
(後略)

父が亡くなったのは1997年9月26日。
父はISO14000の国際エキスパートでした。
父が他界した直後の12月、地球温暖化防止京都会議がありました。
この文章はどうやらその年の初夏に書いたもののようでした。
父の遺影を見つめました。

「やっと解ったの?」と父が笑っているように思いました。

父がこの文章を書いてから、まもなく20年。
時代が目まぐるしく変わっているというのに、
なんと恐ろしいほどに今に響く言葉を遺していったことか。
参りました。

さぁ、次回からもりもりと「やさしい日本語」を学びましょう。
熱くなった私の心の内を、6回に渡って綴りました。

一緒に熱くなってくださった方が見えたら、うれしいです。

では、また次回。


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2017-05-24

「やさしい日本語」を活かす確信へ(1)大学院復学と研究


前回まで綴ったことから、以下のような仮説を立てました。


1. リーマンショック前ニーズが高かった日系南米人へのサポートは一度確立しかかったが、
 ニーズ自体が低下した。
 私を含むサポートしていた人々の中には目的を見失いかけた人々もいる。
2. 技能実習生という政策でマイナー言語の外国人が増加したが、
 サポート体制は全く確立していない。
 1でサポートしていた人々が意識を持ちながらも、
 対象言語が多様すぎて対応できないジレンマを抱えている。
3. 地方には多くの技能実習生が地域経済を支えている実態があるが、
 そのような地域では経済的にも財政難で
 多言語医療通訳をボランティアでない方法で増やすことは期待しにくい。
 しかし、高度な医療知識を必要とする医療通訳に適切な対価を支払わないシステムは
 めざすべき構造ではない。
4. 医療通訳は主にに医師と患者を繋ぐ現場に派遣されているが、
 看護の現場にもニーズは多い。
 一方、看護の現場に医療通訳が張り付くというのも、無理があるのは容易に想像がつく。
5. 国際看護というと海外協力をイメージしやすいため、
 卒後教育で現場の看護師が学ぶ機会が少ない。
 現場は人手不足の中で、日進月歩の医療知識獲得や日々のケアに従事するので
 精一杯であり、 新たに言語学習をする余裕はほとんどない。
6. 災害時、「やさしい日本語」が多くの外国人に役だったことを踏まえ、
 看護の現場でも「やさしい日本語」を学び、現場でいかせるようにしたい。
7. この方法であれば、日本語をかみ砕き、
 一定の文法にあてはめる工夫のレベルであるため、 取り掛かりやすく、
 看護現場のサポート力強化として普及させることができる可能性が高い。
8.「やさしい日本語」の学習は、外国人の為だけでなく、高齢者や小児、
 あるいはかつての私のように 病院の言葉を噛み砕いて説明した方がよい
 日本人の為にも役立ち、学習努力対効果が大きい。
9.もし、現場が一丸となって「やさしい日本語」を習得できれば、
 医療通訳養成課程においても際限のない「高度医療知識」まで必要としなくなり、
 養成スピードが速くなり、医療通訳制度そのものの普及にも寄与できる可能性がある。

と、このような仮説を立てた上で、大学院に復学し、修士課程修了をめざして
いっきに研究をすることにしました。
このチャンスを逃すと、休学期間が長すぎて修了できず、
満期中途退学になってしまう瀬戸際のことでした。

とにかく、症例があるわけでもなく、自分の経験から導いた仮説ですので、
これをひたすら文献研究で裏付けていくという、地道なものでした。

そして、提出期限の数分前に震える手で提出にこぎつけました。

表題は

多文化共生社会におけるヘルスリテラシーサポートの在り方
―看護場面に「やさしい日本語」を導入する展望と課題―

というものです。

2か月前に卒業したばかりなので、まだ検索しても出てきません。
でも、自分の仮説は、十分これまでの世界や各ヘルスケア専門分野で
研究されてきた結果で裏付けることができました。

確信に変わったのです。
後は、「じゃぁ、『やさしい日本語』ってどうゆうものなの?」
ということを私自身がしっかりと勉強して、それをお伝えし、
同志をつのって、現場で応用し効果的であることを証明していく
必要があります。

それが、このブログの目的です。

今回は、ちょっと硬い話でした。
でも、これこそが私の目標なので、聞いていただきました。

次回は、大学院修了後亡父に報告した時、
まさかの返事が返ってきた(スピリチュアル)な話を綴ります。

では、また次回。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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